"合気道は言霊が基礎である"

 植芝盛平翁先生は、1919年(大正8年)出口王仁三郎教祖に出会い言霊の講義を受け、武道に取り入れ研究、1935年(昭和10年)頃全日本の武道の覇者と成りました。
しかしこれに納得せず、尚研鑚ついに1945年(昭和20年)武は愛なりと悟り、剛の武術から、柔の武道を創始され一般に公開されました。

 植芝盛平翁先生は1951年(昭和26年)和歌山市に立ち寄られ和歌山県庁、警察署が指導を受ける事になりました。
和歌山市中之島、島 庸三氏 宅には、昭和23年から合気柔術の道場がありましたが、そこに翁先生が来て下さって、島宅で滞在して指導を頂く事になりました。
翁先生の指導が始まってから、会員も増え、道場も活気ずきました。翁先生はこの道場で4年間を過ごされたのです。
1955年(昭和30年)に帰郷される事になり、私に一週間の師範稽古をして下さいました。私はこの師範稽古で言霊の理念を学びました。
私の合気道の原点はこのときの翁先生の教えにあります。

 植芝盛平翁先生は武は愛なりと申されております。 私は合気道は倒す技ではなく導く武道だと思っております。
その後、翁先生が関西に立ち寄られた時は指導を受け、本部へ行った折りや演武の際は、紀州から来たかと言って、迎かえて頂きました。
翁先生は、言霊の理念のない技は、抜け殻か物真似と申されております。
翁先生が24年間、言霊を解き、それを技で顕し指導して下さいました。

 翁先生が昇天されてから、2000年は31年になりますが、言霊を語る師範には巡り合いません。此れでは素晴らしい、翁先生の技も幻になってしまうかも知れません。
21世紀には言霊を探求して、翁先生の言霊の教えと愛の技を未来まで継承して頂きたいと願っております。

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